志戸平温泉 由来記
今を去る約1,200年前、延暦元年征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の折り、京都清水寺より守り本尊として観音像を受け、烏帽子の中に棒持して、蝦夷征伐の途についた。 連日連夜の苦難を乗り越え、当地方に到着した折の一夜、近くに霊泉があるとの観音様のお告げにより、この温泉を発見し、部下将兵の創疫に霊効あったと伝えられている。 志戸平の地名はアイヌ語によると言われ「しど」とは川下の意で古書には「尻戸平」「志戸臺」等とあり、明治時代まで「しだで」となまって言っていた。 この温泉は寛永年間(1624年)頃から盛んに利用されるようになったと伝えられ、天保元年(1830年)頃から湯治宿として開業、慶応3年(1867年)7月には盛岡藩主南部利剛が立ち寄っている。 |